潜在意識にある見えない縄

 

写真はうちの庭の紫陽花です。

 

こないだ、NHKのスーパープレゼンテーションという番組で、こんな言葉に出会いました。

【社会情動的選択性理論】

年をとるにつれて幸せになっていくことに関して、「社会情動的選択性理論」というものがあります。人は中年になり、人生の残り時間が少なくなるにつれ、限られた時間を意識します。その結果、より自分を幸せにする選択をするようになり、自分の幸せにつながらない、義務感でやっていたことを切り捨てていくというのです。

要するに

「年取って人生残り時間も少なくなるし、身体もいうこときかなくなってこらえ性がなくなるので、好きなことしかできません〜。それゆえ幸せ度がアップいたします」

ってことですな。

あなたがアラフィフ(こういう言い方死語?(笑)より上の年齢でしたら、おそらく「うんうん」と頷いていることでしょう。(あなたがもしもっとお若かったら、想像、としてお読みください)

★★★

年を重ねるにつれ、若い時に「義務感」でやっていたことが次から次へとできなくなっていきます。

こういうと意外かもしれませんが、「義務」は、実はサバイバル方法の1つです。「義務」を全うすることで自分の存在を保障するわけですね。被害者意識などを伴っていてもなかなか捨てることはできない理由はここにあります。場合によってはそれが「使命感」のような一見ポジティブな現れ方をすることもあります。知らないうちに執着になっていることもあります。

いずれにしても年をとることによって、手放さざるをえなくなります。自分の幸せにつながらないから、と意識的に手放すものもあるでしょうし、知力/体力が衰えていくことによってあきらめることもあるでしょう。

「衰え」は「自己」のなかの小さな死です。

身体(の細胞)は常に新陳代謝を行っていますから、若い時から自己の中で小さな死はいつもおきています。が、40代を過ぎていくと自己の中の「死」の量が圧倒的に増えて、「衰え」として感じるようになるのですね。「無理」がきかなくなったとき、はじめて「無理」をしていたことがよくわかる。「衰え」は、「衰え」が「無理」に気づかせ「義務感」を手放させてくれる大きなギフトです。

一方、衰えが少なく未来のために様々なサバイバル「義務(感)」を抱えている(もちろん潜在意識レベルで、の話)若い人の視点からみると、「おばさんたちは義務感を放棄して無責任」とか「自分の幸せを選んでじこちゅー(他者への配慮がない)」「わがまま」という見え方になりそうです。

そして、おそらく義務感を捨てたところで、他者への配慮がなくなるわけではないということにも全く想像が及ばないでしょう。義務感を手放せば、そのスペースに心に幸せや豊かさが満ちてゆくものです。その豊かさは自分だけにとどまるということはありえない-という捉え方は義務感ベースの姿勢からは生まれにくいことでしょう。

★★★

無縄自縛(むじょうじばく)という言葉があります。臨済宗、禅のことばで、見えない縄で自分を縛る、という意味です。
義務感も”無縄”のひとつでしょう。見えない縄に縛られていてもスムーズに動ければ苦しくない。苦しみが始まって「どうもなんか縛られているらしいぞ」と自覚し始める。だからといって、縄の解き方はわからない。解き方もわからない。また「無縄自縛」されていない自分のことを知らないのだから、いざとなるとほどくことに大きな恐れが伴うかもしれません。

そんな時、おそらく宗教家(お坊さん)は「説法」「瞑想」というかたちで「縄を解く」サポートをしていくのでしょう。そして私たちセラピストは「問い」で潜在意識から「無縄」をとりだし、「セラピー」で「縄を解いて」ゆくのです。こんなふうにお坊さんとセラピストは、アプローチこそ異なりますが深いところで、実は同じことを目指しているのだろうと思うのです。
それにしても昔の私に教えてあげたいなあ(笑)。年とって、肉体が衰えていくのも結構悪くないもんだと。


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