人生のパートナーとなっている思いと再会しよう。

細野晴臣さんは、「自分は過労なんだ」と思い続けた人生だったんですって。
その言葉に自分があわせていったんだそうです。

細野
子どもの頃から「過労」って言われてました。
小学生のときに医者行ったら、
「過労ですよ」って言われて。

糸井
わははは。

細野
その医者の言葉が、植えつけられちゃって
「あ、自分は過労なんだ」
と思い続ける人生になりました。
信じ込んじゃって、
その言葉に自分が合わせていったのです。

http://www.1101.com/artmusicword/2016-12-06.html より引用

細野晴臣さん、もう70歳ちかい。
小学生のときから「自分は過労なんだ」と思ってるのだから
もう60年間ぐらいはこの思いが人生のベースになってる。

はっぴいえんどや、YMOの下地にも、この思いがうっすらあるわけですよ。
(大げさすぎ?www)
あ、「ひこうき雲」@ユーミンもね。
年季の入った思いです。

さて「私は〜〜だ」という思いをセルフイメージと呼んでいます。

といっても、こうあるべき/こうありたい、と
強烈に執着がくっついているような思いを指しているわけではありません。
また座右の銘、とか、人生心がけていること、とか
そういう思いでもありません。

セルフイメージとは
こうした「べき」や執着や、心がけを生み出している
「自分について」思いのことです。

「不安」や「恐れ」といった感情がくっついていることも多いかもしれませんね。

本当に自分を動かしている思い、
人生を支配している思いは
潜在意識の結構深くにあったり、
あまりにも日常的すぎて普段は普段は見過ごしていることがほとんどです。

ときには気づかぬうちに苦しみを生み出していることも。

細野晴臣さんご本人が語っていらっしゃることばを
そのままにとらえれば
「私は過労」は、細野さんの人生を大きく下支えしていた思いです。

モチベーションとかいう目に見えるようなわかりやすさがないくらい
大きく、大きく、常に、いつも、動かしていたかもしれません。

普段わたしたちが、
大地に立っている
地球は自転している ということに気づかないくらい
あたりまえの思い。
なにかきっかけがなければ気づけないくらいに、普通な思い。

誰もがこんな思いと共にに生きています。
人生の同伴者、人生のパートナーの思い、ですね。

ココロを解いていく、というのはそんな思いに出会いにいくこと。
カウンセリングやセラピーって、そんな時間です。

あ、この思いがあったから、世界がこんな風に見えていたんだ
あ、この思いがあったから、やりたくてもできなかったんだ
あ、この思いがあったから…..

人生の手綱を握らせていた思いに気づく
その「ユーレカ!」な瞬間は、大きなギフトです。

人生のパートナーとなっている思いと再会しよう。」への2件のフィードバック

  1. 淳子さん

    いい文章書くね〜!
    さすがです(^^)

    セッション交換会楽しみにしていますので
    来年よろしくお願いします😍

    • 美鈴さん、いつもありがとうございます〜💓。
      お褒めいただきうれしいです(^^)
       
      来年ぜひどうぞよろしくお願いしまーす!

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